セミナーレポート(腹背編)「鍼灸は整動と整流に分けると面白くなる」
代表の栗原です。
「これは整動鍼ではなく整流鍼ではないですか?」
セミナー中に受講者からこんなことを言われました。今回は、こんなふうに言われた整動鍼の基礎「腹背編」についてレポートします。
鍼の目的
実は、まったくその通りで整動鍼というコンセプトのセミナーですが腹背編の中身の大半は整流鍼なのです。そもそも整動鍼とは何か、整流鍼とは何かを説明します。
この概念は私が設けたものです。従来の鍼灸のコンセプトと私が提唱しているコンセプトを整理するためです。元来、鍼灸は流れを整えることが目的です。『霊枢』「九鍼十二原篇」には次のようにあります。
「欲以微鍼通其経脈」
「九鍼十二原篇」は第一篇に位置していますから、極めて重要です。この文章は、微鍼、今でいうところの毫鍼の役割を示しています。「経脈を通ず」とあるわけです。これは鍼灸師であれば誰でもおさえておきたい超基本です。経脈は気血が流れる通路ですから、流れを整えることが毫鍼の目的だと言えます。古典に対しては色々な解釈があるとは思いますが、ここで示していることは大きく外れていないはずです。解像度を下げれば、「流れを整える」ことによって得られる効果を理論展開したのが『霊枢』だということができます。
つまり、私たちがイメージする「古典鍼灸」の鍼は、流れを整えることを目的として構築されたものです。これを私は「整流」と呼ぶことにしました。「整動」と区別するためです。整動は、張力を調整して動きを整えることと定義しました。
従来のコンセプトを「整流」と呼び、新しいコンセプトである「整動」と並べているのです。両者の優劣はありません。当会が「整動鍼」を掲げているのは、従来の鍼灸にはないコンセプトを強調したいからです。「従来のコンセプトも魅力的だけど、新しいコンセプトを加えたらもっとすごいよ」ということなのです。
冒頭の「これは整動鍼ではなく整流鍼ではないですか?」という質問が来たのは当然です。腹背編は古典的コンセプトだからです。整動鍼という名称は新しいコンセプトにフォーカスしたものです。実際の臨床では整動と整流を合わせて行います。
腹背編では、整動と整流は表裏の関係ですというメッセージを込めています。同じツボが整動にも整流にも作用します。本来、多くのツボに整動と整流の作用があるのですが、従来の視点だけでは整動作用を見逃してしまうのです。関心を向けていないところで変化が起きても気づかないからです。整動鍼は新たに作用を作り出すという考えはなく、もともと備わっている効果を「動きを整える」という切り口から探し出し整理したものなのです。
基準となるもの
腹背編では背部兪穴を基準とします。この背部兪穴にきちんと変化が出せるかどうかがポイントです。背部兪穴には、臓腑の名前が当てられています。ですから背部兪穴に変化を出せる鍼をすることが内臓へのアプローチになるというシンプルな考え方です。
重要なことは、背部兪穴は座標がしっかり定まるツボです。目安となる部位が示されることが多いなか、背部兪穴だけはきっちりと位置を定めることができるのです。つまり、もっとも属人性が低いツボが背部兪穴なのです。属人性が低いため、再現性を高める上で有利な指標なのです。
正しいツボの位置は本来決まっていて、鍼灸師が思い思いのところをツボとしてよいはずがありません。阿是穴(あぜけつ)はあくまでも阿是穴として使うものであり、阿是穴中心の施術に発展の余地はありません。感覚を磨きながら、属人性を排除していく努力こそが鍼灸を発展させると信じています。
感覚を磨いた者が、同じ結論、同じ見立てに近づくことがとても大切なのです。「それぞれ違っても治ればそれでよい」というのは、私たち鍼灸師に都合がよすぎる思考であり、この甘えが発展を阻害しているように思います。
むずかしいという錯覚
セミナーの実技では、背部兪穴に変化を出すツボを練習しました。背部兪穴に変化が出れば正しい位置ということになります。ツボの位置は「◯◯先生が言っているのだから正しい」と権威性に流されて決めてはいけません。ツボ一つひとつに定義があります。ツボ特有の変化を出せていれば正しいと言えますし、そうでなければ著名な先生が示す位置でも疑わしいのです。
回りくどい書き方になってしまいましたが、要するに誰がやっても変化が出るツボの位置を共有していきます。検証を重ねて再現性が確認できたところをセミナーで共有するわけですが、セミナーも検証の場となっているわけです。
ツボは骨度や感触などでできる限り位置を絞り込んでいきます。集中力と根気が必要ですが、練習を続けていると、皆が同じ位置を取れるようになります。
整動鍼のツボは位置が細かくて難しいとと言われることがあるのですが、整動鍼のツボが難しいのではなく、ツボには本来厳格な位置があるのです。ツボの位置をあやふやなままにしておけば、臨床で再現できるかどうかわかりません。サイコロを振るような施術では信頼関係を築けません。
「ツボはどこでもいいですよ」とやさしく言っても、臨床で効果を再現できなかったら厳しい現実にぶつかります。私たちが、正しいツボの位置にこだわっているのは、難しいことが好きなわけではなく臨床で苦労したくないからです。
ツボの効果を実感できる
ここまで理屈っぽい話が続いてしまいましたが、つまるところ、鍼治療を楽しむにはどうしたらいいのか、という単純な目的です。「ツボの効果を実感できる」という当たり前を共有しています。
セミナーはいつもの通り実技中心です。解説付きのデモンストレーションを見て、ペアになってトレースします。すぐに試せるというのは会場に足を運んで受けるセミナーの醍醐味です。私たち主催者も、その場で再現性を評価されることになるので、ごまかしはできません。再現性が確かで実際の臨床で使えるものしか出しません。
腹背編においては、ツボの効果を可動域で観ることは少なく、背部兪穴や腹診がメインとなります。ツボ一つひとつ変化をもたらす位置が決まっているので、前後を比較します。このとき重要なのは誰でもわかるものを比較することです。弾力性や圧力を比較します。特別な感性を持っている人にしかわからないものは扱いません。
古典の扉を開く
腹背編は『霊枢』のような古典からヒントを得て作られているので、古典の扉を開くことになります。古典を難しいと感じるのは自然なことです。わからなくて諦めてしまう人を責めることはできません。この腹背編ではむずかしく感じさせない工夫をしています。原文を読む必要はありません。東洋医学が苦手でも関係ありません。好奇心さえあれば誰でも理解できる内容です。
ぜひ、古典派の方もそうでない方も腹背編に遊びに来てください。
腹背編は整流中心の内容ですから、整動鍼らしさを求める方には合わないかと思いきや、とても高く評価していただいています。理論の簡明さと実用性の高さが理由だと思います。検査しても原因が見つからない不定愁訴や、慢性的な胃腸のトラブルには、頼れる道標になってくれると思います。他の編と組み合わせることでより魅力が発揮されます。
この腹背編を発展させたのが応用編の身心和合編です。腹背編だけでもさまざまな症状に対応できますが、応用編に行くと驚くほど世界が広がります。
またね。
2024年9月19日カテゴリー:セミナーレポート