北海道の病院で新時代の鍼灸師育成プログラムが始まっている
こんにちは。坂口友亮です。
私は普段、品川のはりきゅうルームカポスに勤務しており、患者さんに施術をしながら、セミナーの教材作りをしたり、講師をしています。
先日の木曜日、北海道帯広市にある北斗病院を訪れてきました。
「プロジェクトMIRAI」の現場を感じるためです。
プロジェクトMIRAIとは、鍼灸師の教育、研究、臨床全てが一つになったプロジェクトです。その皮切りとして北斗病院に鍼治療センターが開設され、毎週木曜日に鍼施術が行われています。
当日は入院患者さん、通院患者さん、職員さんなど合わせて30名ほどの予約が入っていて、10時から18時まで、ひっきりなしに施術が続きました。
私も数名の職員さんの施術させていただき、非常にエキサイティングな一日を過ごすことが出来ました。で、終わった後の感想は「あーこれを毎週続けてたら技術上がるのもうなずける」でした。
今回は「鍼灸師の育成」をテーマに、私が現場で感じたプロジェクトMIRAIの一部をお届けします。
鍼灸師の育成、2つの問題点
鍼灸の専門学校を卒業して免許を取った瞬間から抜群の技術を持っている、なんて鍼灸師はいません。どんな業種でもそうでしょうが、一人前になるまでにはトライ&エラーを繰り返し、フィードバックを繰り返し、PCDAサイクルをブン回すことが不可欠です。
しかし、それを鍼灸院で行うには2つの問題点をクリアする必要があります。
①鍼施術を行っても、目的とする効果が得られない
技術が未熟な鍼灸師が鍼をすると、当然ですが目的とする効果が得られません。鍼刺激によってどのような変化が身体に起こるのか、経験を積んだ鍼灸師でないとわからないことがあります。そしてこの問題は、鍼灸院の経営のリスクに直結します。
②鍼灸院の経営に降りかかるコスト
実費で施術を行う鍼灸院だと、1回5,000円ほどかかります。患者さんだって、わざわざ5,000円払って未熟な鍼灸師の施術を受けたいと思わないでしょう。鍼灸院としては、新人を短期間で育て施術してもらう、もしくはすでに技術を身につけている鍼灸師を雇用する必要があります。新人を育てるのも、技術を身につけている鍼灸師を雇用するのも、当然コストがかかります。
今までは、この2つの問題を鍼灸院単独でクリアする必要がありました。この制約によって、この未熟な期間を乗り越えられない鍼灸師、経営が立ち行かない鍼灸院は淘汰されていた側面があるでしょう。それが資本主義、実力主義の原理に則っている…と言えばそうかもしれません。
しかし、リスクは少なく、なるべく早く鍼灸師が成長する仕組みがあれば、それに越したことはないはずです。
鍼灸院がクローズドな空間であるメリット・デメリット
鍼灸師の施術はクローズドな空間で行われることが多いです。ゆえに良くも悪くも「責任の所在が全て鍼灸師にある」という状況が長らく続いてきました。
患者さんのメリット
自分の身体の悩みや不調をオープンな空間で言うことに抵抗がある、と感じるのが普通。クローズドな空間だと、プライバシーが守られる。
鍼灸師のメリット
自分のペース、やり方で施術できる。施術が上手く行っても、上手くいかなくても、自分の裁量で収められる。
一方で、デメリットもあります。
患者さんのデメリット
何をされるかわからない、初めて会う人間(鍼灸師)とクローズドな空間で対面するリスクがある
鍼灸師のデメリット
良くも悪くも自分の裁量で何とかなるので、自分の技術を客観的に評価できない。問題点に気づきにくく、悩みがあっても相談しづらい。
病院内での鍼施術は衆人環視の下で行われるので、プレッシャーは半端じゃありません。
プレッシャーがかかり緊張する一方、同時に遠慮のないフィードバックが得られます。PCDAサイクルを爆速で回すことができます。この環境で経験を積んでいくと、どうなるか。
いつでも、どこでも、誰に見られていても当たり前に施術して結果が出せる。そんな鍼灸師が生まれます。それも一人ではなく、何人も、です。
オープンな空間で鍼灸師を育成するためのカギ
とは言っても、常に監視されて委縮してしまう環境、チャレンジを許容しない空気があると、鍼灸師の育成は上手く行きません。
googleが行った研究によると「チームの生産性を高める唯一の方法は心的安全性を高めること」だと言われています。
社員の生産性を極限まで高めるには、どうすればいいのか――米グーグルが2012年に開始した労働改革プロジェクトの全貌が明らかになった。
グーグル社内には様々な業務に携わる数百のチームがあるとされるが、その中には生産性の高いチームもあれば、そうでないところもある。同じ会社の従業員なのに、何故、そのような違いが出るのか?
数百に上るチームが各々従う規範を観察したが、そこから成功するチームに共通するパターンを見出すことはできなかった。それどころか、同じく生産性の高いチームなのに、全く正反対の規範に従っているケースも珍しくなかったという。
「こんなことを言ったらチームメイトから馬鹿にされないだろうか」、あるいは「リーダーから叱られないだろうか」といった不安を、チームのメンバーから払拭する。心理学の専門用語では「心理的安全性(psychological safety)」と呼ばれる安らかな雰囲気をチーム内に育めるかどうかが、成功の鍵なのだという。
(参照記事より一部抜粋)
「心的安全性の確保が成功のカギ」という考え方は鍼灸師の育成にも当てはまります。北斗病院は失敗を許容し、チャレンジをうながす空気がありました。
ある鍼灸師が「木曜日の鍼治療センターに参加したいが、足手まといにならないか不安」と言うと、プロジェクトMIRAIを牽引する加藤医師がこう言いました。
「”足手まとい”という言葉は、何か達成しなければならない目標がある場合に目標達成のための障害になる、ことを言いますが、チームMIRAIにはこの概念は存在しませんよ。全体の技術レベルを上げること自体を目的としているので、どんどんチャレンジしてレベルを上げて貰えればOKです。」
もちろん、患者さんの安全を保証することが大前提ですが、監督の鍼灸師、医師がついている病院の中で施術を行うので、その点は安心できます。加藤医師も積極的に、鍼治療センターの様子を見に来てくれます。
「安全の確保」「チャレンジを許容する空気」この両者がそろってこそ、レベルの高い鍼灸師が量産される…それがプロジェクトMIRAIの「教育」なのだと感じました。
本当に鍼灸が必要な人は鍼灸院に来られない
加藤医師がそう言ってたことが印象的でした。
例えば、病院では手を尽くしたが、痛みが治まらない末期がんの患者さん。こうした患者さんは鍼灸院に行くことが出来ません。現在、このような患者さんに対しても鍼施術は有効であるというデータが集まり始めていて、研究が進んでいます。
2018年現在、鍼灸の受療率は5%ですが、鍼灸を必要としている人が95%の中にいるはずです。そのためには、腕のある鍼灸師の数が圧倒的に足りていません。鍼灸師の育成が急がれます。
この鍼灸師育成プロジェクトは現在、北海道の帯広のみで行われていますが、近いうちに関東でも行われる予定です。このムーブメントはやがて全国に広がっていくでしょう。
患者さん、鍼灸師、そして医療業界も巻き込むMIRAIが、すぐそこまで来ています。
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